考察「ドラクエ呪文の命名規則から読み解く『バギムーチョ』への違和感」

January 15, 2013 / コラム

2009年に発売され、ドラクエ最高の売り上げを誇る大ヒット作品となった
ドラゴンクエストIX 星空の守り人」。
結構前の話になってしまうのですが、自分もプレイしました!
なんだよー面白いじゃんかよー。賛否両論があったのでちょっと不安だったのですが、自分は本当に楽しめました。携帯機ってのも慌しい身にはありがたい!

ただまあ、何故賛否があったのかは分からんでもなく…。
自分もCMムービーを見て「あれ…?」と思う所はありました。例を挙げると


これ。

字面から感じる、そこはかとない違和感。これは何故なんでしょうか…?


自分もかねてより悩んでいた題材であり、この違和感に言及している記事もネット上(こちらこちらなど)で散見されたのですが、肝心要の「なぜ違和感を覚えたのか」に理詰めで言及しているものがあまり見当たらなかったため、今回、過去のドラクエ呪文命名規則に照らし合わせてまとめてみる事にしました。

「バギムーチョ」を初めとする新呪文名への違和感の正体は、それらの名前がいずれも

ウィザードリィ(以下「Wiz」)のトゥルーワード制を根幹とするドラクエ従来の呪文命名規則に則っておらず、英語及びスペイン語によって名付けられている

ためだと思うのです。
今日はドラクエ9以降の新呪文名に対する違和感、そしてドラクエの呪文命名規則について考察していきたいと思います。



初期のドラクエがウルティマのシステム・Wizの呪文や道具・無限の心臓IIのマップなんかを参考にしているのはよく知られているところであり、ドラクエ初期の呪文命名規則は、Wizの呪文命名規則であるトゥルー・ワード制(以下「真言制」)にほぼ一致します。

例えば、Wizの氷系呪文は

●ダルト(一番弱い氷系呪文)
●マダルト(そこそこ強い氷系呪文)
●ラダルト(一番強い氷系呪文)

の順に強くなります。
「ダルト(氷の嵐)」という真言を基本に、
「マ(広い)」の真言で強化、
「ラ(大きい)」の真言で更に強化、
といった具合です。Wizの呪文は意味を持った真言を組み合わせ、発声することによって発動するわけです。ルールに沿わない呪文名は、wizには一つもありません。

図だとそうは見えないかもしれませんが、この呪文名が理路整然としすぎていて覚え辛いのなんの。
この覚え辛さを、真言に擬音を取り入れる事によって払拭したのがドラクエ呪文の素晴らしいところです。

●火がメラメラ燃える→「メラ」
●閃光がギラギラ照りつける→「ギラ」
●冷たい!ひゃっこい!→「ヒャド」

これ、本当に覚えやすい。さすがドラクエというか、関心してしまいます。

「ヒャド→ヒャダルコ→マヒャド」と「ダルト→マダルト→ラダルト」あたりの類似性は言うに及ばず、ドラクエ5くらいまでの呪文は概ねWizよろしく、真言の存在を推し量ることができます。
「ラ」や「マ」が強化を意味する(イオラ・マヒャドなど)のはWizと同じで、他には

●自滅のメガ(メガンテ・メガザル)、
●生死/覚醒のザ(ザキ・ザオラル・メガザル・ザメハ)、
●魔力そのものに作用するマホ(マホトーン・マホカンタ・マホキテ)、
●戦闘不能から復帰するリク(キアリク・ザオリク)

などが、ドラクエの代表的な真言でしょう。「ギガデイン」があるのに「メガデイン」がないのは、メガだと自滅魔法になっちゃうからなんですね。
擬音を取り入れたこれらの真言に、更に覚えやすい擬音を織り交ぜて最強クラス呪文の名前とするのが、従来のDQの呪文命名規則でした。ベギラ「ゴン」、イオナ「ズン」、ベホマ「ズン」などなど。

メラ「ゾーマ」はかなり特殊な例ですが、メラゾーマの初出は言わずと知れたゾーマ様がラスボスのDQ3であり、メラゾーマの圧倒的火力に対しても「ああ、(ゾーマが支配する)魔界の炎を呼び出しているからメラゾーマはこんなに強いのか!」と子供心に納得できたものです。
話が飛ぶようですが、ダイの大冒険のオリジナル呪文が極めて自然なのはこのルールに則って呪文を名付けているからでしょう。転移のリリ(リレミト)+ルーラ→リリルーラ、天候のラナ(ラナルータ)→ラナリオン、などなど。
※一番有名な「メドローア」は例外のようですが!(メラゾーマ+マヒャド+アロー)

で、


ムーチョ。

「バギムーチョ」にどうしても違和感を感じてしまうのは、

1:真言制に則っておらず
2:英語のような意味の分かりやすさもなく
3:擬音のような力強さも感じられない、つまり

∴『何故その名前になったのか?』のバックボーンが読み取れない

呪文名を、DQ2から愛され続けてきた歴史あるバギ系の最上位に配置してしまったからでしょう。
ムーチョはスペイン語で「大きい」の意味であり、意図の読めない名付けではないのですが…重要なのは意味の方ではなく発音、強そうに聞こえるかの方だったように感じます。
何故ドラクエシリーズを通じて唯一この呪文だけ、日本では(英語に比べれば遥かに)馴染みの薄いスペイン語が採用されてしまったのでしょうか。ベギラ「ゴン」・バギ「クロス」・「ギガ」デインなんかに比べて、「ムーチョ」の音はどうも柔らかそうというか…いまひとつ最強呪文としてはドスが効いていないように思えるのです。

ドラクエ6からの「マジックバリア」
ドラクエ8からの「ディバインスペル」
なども英語の呪文名ですが、これらに対しては真言制で成り立つ今までの呪文とは全く別の呪文体系なんだろうな…と納得していました。ただ、歴史あるバギ系の命名規則に異物を混入し、それがあんまり強そうじゃないというのは、何とも辛いところ。
他の最上位呪文である『メラガイアー』『マヒャデドス』『イオグランデ』はなんとなく強そうなイメージの呪文名ですが、やはり今まで英語が使われていなかった呪文体系に異物が混ざってきたぞ…という感覚は多少あります。

新呪文でも英語に拠らない「マホリク」「ドルマ」あたりは非常に馴染み深く受け入れられたのですが…



DQ3によってゲーム史に名を残し、DQ5によって次世代ハードにも対応できる事を示して国民的RPGとしての地位を揺ぎ無いものとした次の作品――DQ6から、ドラクエの呪文名に英語が混ざり始めました。

●DQ5:新呪文はすべて従来の真言制で名付けられている
(マホキテ=真言制)
●DQ6:真言制の呪文と英語の呪文が混ざっている
(マホターン、マダンテ、ザラキーマ=真言制、マジックバリア=英語)
●DQ7:新呪文はすべて英語で名付けられている
(マジャスティス、ギガジャティス、コーラルレイン、メイルストロム=英語)

DQ6において、マホカンタ+フバーハで「マホバーハ」的な名前にする事もできたであろう魔法ダメージ軽減の呪文を「マジックバリア」と名付けた際には、恐らくスタッフ間で大変な議論が為されたことでしょう。
呪文名に真言制より分かりやすい英語を取り入れたのが、新規プレイヤーや子供プレイヤーへの配慮…すなわちドラクエ開発スタッフの「国民的RPGの地位にあぐらをかかず、さらに先を目指す」という意気込みの現れであれば、これを責めようとは決して思いません。

ただ、過去のドラクエシリーズに多大な情熱を注いできた自分にとっては――初めての大海原でうみうしにハメ殺されたり、ロンダルキアの雪原でサル畜生に吹き飛ばされたりしつつも、自分の方がゲームに合わせて成長すればいいんだ!と思ってしまうような、人の方を変えてしまう程の魅力を備えたゲームである過去のドラクエシリーズを愛し続けてきたものにとっては――その配慮こそを寂しく思ってしまうところがあるのも事実。

配慮してくれなくても大丈夫だよ!新しい呪文名くらいちゃんと覚えるよ!ドラクエ好きなんだから!と思ってしまうわけです。
元々ドラクエの擬音を交えた呪文名は非常に覚えやすく作られていましたし、完全新規のプレイヤーにとっては、呪文の一つ二つを英語にしたところで覚える手間は変わらないのではないでしょうか。



ドラクエでメラやヒャドを使う際に我々が選ぶコマンドは「じゅもん」であり、「まほう」ではありません。ここで思い当たることが一つ。その「じゅもん」を唱えている職業は「まほうつかい」です。
つまりドラクエ世界には「魔法」と「呪文」の両方が存在し、その間には

●魔法:魔法使い・僧侶が発生させる奇跡(炎を出すなど)の総称。
●呪文:魔法を使うために、実際に唱える必要があるまじないの言葉。

こういった違いがあるわけです。

そのまじないの言葉はかつて、真言制というルールの下に体系化されていました。
「呪文」とはドラクエ世界における研究内容としてしっかりと理論立てられた、作中で語られないドラクエ世界の一部を空想させるような、血の通った学問だったのです。
今まで古参のプレイヤー達が、学校の宿題の何倍もの情熱を以って取り組んできたドラクエ呪文学。その教科書を否定されたような戸惑いが、『バギムーチョ』を見る我々にはあるのかもしれません。
いや、持論を一般論にすりかえるのはやめよう!他の人はどうか分かりませんが、僕は戸惑いました!



ドラクエを剣と魔法のRPGの金字塔のように仕立てたのは恐らくユーザー側の意識であり、制作者の方は過去のシリーズに囚われない柔軟な発想と悪ノリを、今も忘れていないように感じます。
それは本当に喜ぶべき、創作に携わる者として尊敬すべきことです。

ドラクエ2から連綿と続くあぶないみずぎ等のエロ装備、絶望的な容量不足の中でも削られなかったドラクエ3のぱふぱふ…シリーズ全体に散りばめられた堀井雄二さんのキャバ嬢への凄まじい拘りを鑑みれば、ドラクエ9でサンディが登場したのはもはや必然と言えるでしょう。
(※先に例に挙げたウィザードリィも、最強剣「カシナートの剣」はクイジナート社のフードプロセッサーという説が濃厚だったりします。制作者側の「剣と魔法の世界観」に固執しない悪ノリは、日本にRPGが根付く以前からの伝統とすら言えるものです)

ただ、そんな柔軟な発想の中にわずかな気遣いを――剣と魔法のRPGの金字塔であることをドラクエに求めてしまう、身勝手なオールドユーザーへのちょっとした気遣いを――例えば呪文名などに、交えてはもらえないものでしょうか。



時折りしも、去る2012年はドラクエ10の発売年でした。自分は仕事の都合でまだプレイできていませんが、
オンラインゲームたる今作は過去作よりも更に「その世界に住みたいと思えるか」が重要になってくるはずです。

ナンバリングが10を数えた節目のタイトル。
その中に自分が学び続けてきた「ドラクエ呪文学」が息づいていることを、それによってドラクエ世界の魅力がより一層練り上げられ高められていることを、願わずにはいられません。

(終)